AとBは死にたかった。
2人で旅をして帰ってきた。ここで、2人でまだ「死にたいか?」「死にたくないか?」せーので言うことにした。
意見が一致したら死ぬ。一致しなければ生きようと。
AはBに躊躇いがあるように見えた。Bが死にたくないんだと思った。
Bは生きたいのだ。そう思ったAはBと共に言った。
「「死にたくない」」
意見が一致したので死ぬことになった。
澤路さんは夢の中で推理小説を読んでいた。
最後まで読んで犯人がわかると、その犯人に口封じのために殺されると噂される、曰く付きの作品だった。
物語が佳境に差し掛かると、地の文の様子がおかしくなる。
そして彼は語りかける。
「あなたはページをめくるのを止める。自分ひとりで目覚めるために」
次の瞬間に、娘の泣き声で目が覚めた午前3時。
夢の中で最後まで読んでたら、と思うとゾッとする。
周囲の風景に、あの日の記憶が混ざっていく。
間違いなかった。
その部屋だった。
わかりきっていた。わかりきっていたはずだった。
クロシマと女が入っていった、その部屋。あのとき、西浜が住んだ部屋。
なにが、間違いなかったのか。
もちろん、そこがあの日のアパートではなく、入っていった二人が西浜と菜々花でないこともわかっている。
だけど、どうしてだか、その部屋があの部屋であるように思えてしかなたなかった。
混乱している。どこになにがあって、なにがどこにあるのか。そういったもろもろの秩序みたいなものが、全部適当であるように思えてくる。混乱。いや、混沌。なにもかもが、好きな場所に配置できるかのような、崩壊。
そんななか、ふいに見慣れたものが目の前に現れる。そんなものを見慣れてしまっている、自分が少しおかしい。いつもの友人に出会ったかのような気持ちになる。
――黒島。
ひよかは心のなかで呟いた。
びっくりしたような、きょとんとしたような顔で黒島が振り向く。それも、いつものことで、ひよかを安心させた。
黒島は、いつものように、お風呂場から這い出して――お風呂場? お風呂場なんてあるはずがない。角度的に、ひよかの視点の角度的にはいつもお風呂場があるような場所から、黒島はゆっくりやってきた。
しかしそこは空中。黒島は空中を這ってきて、ぴたりと女とクロシマが入った部屋にくっついた。いつものように耳をすます。なにかを聞いている。
なにかを。いつものように。
ちがう。いつもとちがう。
なにも聴こえずに諦めたかのように去る、いつもの黒島ではない。黒島は息を荒くし、目を見開き、なかの音を聴いている。
その鬼気迫る姿に、思わず催したのは吐き気だった。眼球に痛みを伴うくらいの。
「どうしたの」
結果、ひよかは、初めて口に出して問いかけていた。
ずいぶん時が経ったように思えた。
鐘子の時間は止まっている。
フェルは結局見つからなかった。海外へ渡航した線は薄い。ワクチンを打っていないから。
世界から取り残されたおかしな国は静かに静かに滅んでいく。
いつまでもウイルスを恐れて。
かつての日々は夢幻のようだ。