2010-1-30 16:06
奴の自転車と僕のチャリ之進が車輪に巻き込まれ、車は出せなくなっていた。
立ち往生している所に僕が駆けつけると、車からすぐに身元が割れると観念したのか泥棒は大人しく捕まってくれた。
社員さんや先輩が追い付きやっと肩の荷がおりた時、さっきの坂の男を思い出した。
吐血なんて初めて目にした。しかもあれは、内臓が潰れでもしなきゃ出ないんじゃないかという量で。
「――ッ!!!」
僕は弾かれたように斜面を駆け上った。
「おい!おい!!大丈夫か!?急いで病院に……、………えっ、」
そこには誰もいなかった。
自力で病院に行こうと移動したのかも知れないと周辺を探し回ったが、全く見つけられなかった。
「おーい!!何してんだ、戻るぞ!?」
「あ……は、はい…!」
いないものはどうしようもない…。
僕は何度も何度も振り返りながら、その場を去った。
「いやあでもよく追い付いたよね!!車に追い付くとかマジで凄いじゃん!」
「君みたいな内向的なイメージの人間が一人で取り押さえに行くなんてね!見直したよ!」
「な、内向的、ですか」
「ワハハハハ!すまん、口がすべったな!いいや君は勇気ある青年だよ!」
「あ、……へへ。」
「毎日あの坂を往復してるからそんなに速いの!?」
「てかメアド交換しよーよ」
「明日新聞の隅にでも載るんじゃね?」
「…………、」
「…………、」
その日は僕が泥棒を捕まえた祝い(?)に飲み会が開かれた。
初めて真ん中にいる。皆が僕を見ている。僕の頑張りが認められた。
「ははは…!」
素直に嬉しかった。
チャリ之進の残骸を、店長が軽トラに乗せて運んでくれた。
「流石に修理じゃどうにもなあ。元々結構ガタがきてたんだろ?」
「ええ、まあ…。」
「新しいのを買えば良い。何なら表彰って事でウチから出そうか?」
「…………、…………………。」
「…そんなに気を落とすなよ。こいつだって役に立てたんだ、良かったと思ってるさ。」
「………そう、でしょうか。」
業者に引き取られていくチャリ之進を、僕は見えなくなるまで見送った。
「…………あ。そうだ、もうチャリ之進ないんだっけ。」
バイト先まで歩いていくのは億劫だった。しかし仕方がない。
早めに用意をし、家を出る。
見慣れた風景の流れが信じられない程遅く感じて、喪失感を覚えた。
突然の、不本意な別れだった。
「………自転車ごときに何執着してんだろ。いい加減気持ち悪いか。」
「誰が気持ち悪いって?」
顔を上げると、いつもの坂の男。今日は奴も徒歩だった。
「お前…、お前………」
体を心配するべきか、この前のお礼を言うべきか、チャリ之進の事を責めるべきか。どれも同じ位僕には重要で、真っ先にどれをするべきか迷って思わずつっかえた。
「俺なら大丈夫。それから、この前はごめん。」
「あ……う、うん。」
「たまにはいつものゴールまで歩いてみるか。俺、一度お前とゆっくり話したかったんだ。」
「…わかった…。」