2016-12-25 23:59
大人になった君と
クリスマスも仕事……見渡せば案外そんな人だらけだって気付いたのは社会人になって二年目くらいだったと思う。
備府もここ数年はバイトや原稿に追われていて、昔のようにクリスマスだリア充だと騒がなくなってしまった。
僕もこの時期は忙しくて時間が合わなかったから、騒ぐ相手がいないというのも大きいんだろう。なんにせよ冬の風物詩が見れないのは物寂しい。
「ただいまー」
返事がない。原稿でもしているのかな。
「備府ー?チキン買ってきたよー!食べたくなるなるケン○ッキー!!」
「うっせヴォケカス集中してんだろ!」
「oh...」
備府の罵声が耳をつんざく。数日前から切羽詰まってる様子ではあったけど、今日は一段と気がたっている。こういう時は「君子危うきに近寄らず」ってやつだ。当番の洗い物が放置されている事も、とりあえず指摘は後日にしておこう。
タブレットにかじりついたままの背中。僕には一瞥もくれていない。
「はぁ……」
……一応僕だって仕事急いで終わらせて帰ってきたんだけどな。ま、いっか。思うようなリアクションを貰えないのも、もういつもの事だし。
「じゃ、先に食べるから備府も食べといてね」
「……」
聞こえているなら返事くらいしたら良いのに。あぁ僕ら、この先ずっとこんな感じなのかな。
「冷たくなるなる倦怠期ー、ってね……」
「えっ」
僕が何気なくもらした言葉に備府の手が止まった。動揺しているのが明々と伝わる。
「違……いやあの、倦怠期とかじゃ、なくって……」
しどろもどろに言葉を絞り出す背中。
「お前が帰ってくるまでに、ぉ終らせようとした……けど、お前が今日に限って早く帰ってくるから……ああぁ違う違う!お前のせいとかじゃなくって……!」
こんなに必死に喋る備府は久しぶりだ。
「だから全然、ち違うからっ……変な勘違いすんなっ」
ややおいて備府は恐々、ようやく僕の方を向いた。
「べ、別にボケとかカスとか全然思ってないし、その、お俺の言う事なんか気にすんなよ!……俺が言うのも変だけどっ……」
「備府……」
「けっ、倦怠期とかじゃ、ねーから……」
ンンン倦怠期じゃなくて現役ツンデレかよー!!!備府たん僕との時間を作ろうと必死なだけでしたーはい可愛いー!はいジャスティース!
オッケー備府、全然ダメだけど君のそういうトコ本当愛してる結婚しよ。
僕の脳内祭りなんて知るよしもない備府は、おずおずと言葉を続けた。
「そ、ソッコーで終らせるから、あとちょっと待って……下さい」
んんんんんんSUKI!!
※※※※※※
「あー疲れたあーしんどいあー腹減った」
肩をぐるぐる回しコタツに入る備府。冷めたチキンも焼き直した所だ。
「お疲れー」
「いや……そっちこそ。待たせたし……」
「ささ、早く食べちゃおう!クリスマスらしい事何もしてないけどチキン食べればノルマ達成した感あるよね」
「ちょっと意味わかんないっすね」
他愛のない会話をしているが、備府はチキンを手に取らない。かわりにスルスルと僕の隣にやってきた。
「疲れた。俺ペンより重いもの持てねぇ」
おっとこれは
「アーンして欲しいの?」
「……漫画描きの手を労ろうと思わんかねキミ」
「はいはいどーぞ先生」
「あ、そっちの骨ないやつがいい」
「ワガママー」
僕にぴったりくっついて、僕の手からチキンを食べる備府。恍惚の表情でもちもちと頬を膨らましている。
「ふふっ……餌付けみたい」
「チキンなんかに負けない!」
「即落ちですがな」
僕の指と備府の唇がテカテカになった頃、ぴったりくっついて話をしていた備府の返答が鈍くなり始めた。
分厚い眼鏡をそっと外すと
「はぁっ、一瞬遠い所に……」
「少し寝る?」
備府の目の下にはくっきりと隈ができていた。労るようゆっくり肩をたたいてあげると、これがてきめんに効いたようで
「いやいや……それじゃ何のために……」
言い終わらないうちに再び瞼がおちてしまった。
「それじゃ何のために」だって。隈まで作って健気すぎかよー!クウゥー!嫁が可愛すぎて言語中枢馬鹿になりゅう〜!
跳ね返りの強い黒髪を撫でる。長い睫毛に柔らかい頬、ぷっくり艶の出た唇。一緒に暮らしていたのに全部久しぶりだった。くっつく感触や匂いも……欠けていたピースがはまったように、しっくりと僕に沁みていく。
「あー、」
何もない天井を仰ぎ
「いいなァ……」
しみじみと声を吐き出す。温泉にでも浸かったような自分の動作がおかしくて一人で笑ってしまった。
備府がまどろみから戻ったら、ちゃんと布団で寝かせよう。僕も寝て、起きれば仕事が待っている。
それまで、もうちょっとだけ、こうして君との10年に浸っていようと思う。
それから、お皿はちゃんと洗ってもらおうと思う。