あれほど悩んでいた事柄があっさり解決してしまって、正直戸惑っているだろうに。
だがそれでも、立ち去るときにきちんと礼を述べていた顔は、何処か嬉しそうな笑顔を浮かべていた。
深紅を纏う麗人がまたいらっしゃいね、と告げれば元気良く返事が飛んできて、向日葵色をした少女は庭園に背を向けた。
同時に訪れたのは、静寂。
決してあの少女は煩く喋ることがなかったため、此処にいた間も女王の庭園は小箱の音が常に耳に届いていた。
だがそれとは違う静寂で──孤独感が増した静寂、というものか。
「……陛下、もうそろそろお戻りになられますか」
リヒャルトは未だにユリアが去った方を見つめていたリベラルに、そう尋ねた。
さらりと長いシルクのような髪を流して頭を傾ければ、小さな声が彼を呼んだ。
「わたくし、ね。今日は本当に嬉しかったわ」
「そうですね。陛下のそのような笑顔を、私も久しぶりに見ました」
「ふふっ、ねぇリヒャルト。わたくし、あの子が好きよ。本当に、あの人がユリアを魔術師に渡さなくて良かった…」
安堵に満ちた声が、庭園を渡る。
リヒャルトは何も言わずに、ただ幸せそうな彼女を眩しそうに見つめた。
暫くして、女王の細い指が小箱に触れて、ふっと音楽が止んだ。
振り返り、アイスブルーの瞳を琥珀と交わらせると。
「わたくしに出来るのは此処までですわ。あとはあの人からの連絡が来るまで、少しお休みですわね」
「はい、陛下」
リヒャルトの差し出された手を取りゆるりと立ち上がると、目に鮮やかな色の女王は、静々と屋敷へ続く道を歩きだした。
その途中、一瞬鼓膜を叩いた乱雑な音に振り向き、ふぅと溜息を一つ。
不吉で不愉快な音、だがそれは今だけユリアにとって幸福を呼ぶ鐘の音になるに違いない。
「大丈夫……もう彼が、貴女を助けてくれますわ、ユリア」
空を仰ぎ見てから、空より淡い瞳がなくなるくらいに微笑んだ。
「……いない…」
元来た道を歩き、門の外へ出たところでユリアは呟いた。
いないというのは女王曰く、下品な赤い髪をした男、ミシェルである。
確かに待っていて欲しいとは言わなかったが、少なからず期待していたのだ。
それに、間を置いて聞こえてくる騒音。
それが何であるのかを知っているから、心細くもなっているのである。
「……仕方ない、よね」
ほんの少し落胆してから、ユリアは儀式屋へと帰るために一歩を踏み出した。
帰りは誰にも遭遇しませんように、と祈りながら、リベラルと交わした会話を思い出す。
先刻彼女から、既にその問題は解決しているのだと告げられた。
理由を尋ねてみたが、彼女は笑っているだけで、答えてはくれなかった。
ただ、何も不安に思うことはない、と。
(……本当、かな)
彼女を疑うわけではないが、やはりどうしても信じきることが出来ない。
信じられるとしたら、それは直接Jに会うしかないわけで。
だが、それが怖い。
もしも駄目だったらと思うと、会うことがとても怖い。
金に輝く瞳が、自分をきちんと見てくれないことが。
「〜〜〜〜!!」
「………ん?」
いつの間にか俯き加減に歩いていたユリアは、聞こえてきた音に顔を上げた。
辺りは来たときと同じように、古びた建物が静かに立ち並んでいる。
時折吹く風だけが通りを渡っていて、他には誰も見当たらない。
だが、確かに何処からか音が聞こえてきていたのも、事実だ。
(……風に乗って、聞こえたのかな)
そういえば、さっきよりは離れているとはいえ、聖裁はまだ続いているはずである。
大方、それによる音なのだろう。
……そう思って、しかしユリアは歩調を些か早めた。
何となく、早く離れたいと思ったのだ。
(早く帰って、それから──)
「ひ、ひぃいい助けてくれぇええ!!」
「!?」
ユリアが早歩きをしたその直後、今度ははっきりと聞こえたそれ。
思わず振り返った、そこに居たのは──