マルコスが知る限り、Jの手に収まるそれは、相手と連絡を取るために使用されるものだった。
携帯電話ではなく、メッセージのみを送受信するタイプのようだ。
それを嬉々として操作し、何やら打ち込んでいるJに、その理由を聞いてはならないと、直感が指し示している。
だが、好奇心が鎌首をもたげて、マルコスの口を動かした。
「Jさん、いったい何を……」
「もう直接聞いた方が早いかなって」
とんでもないことを平然と口走る吸血鬼に、マルコスは血の気が引いてしまった。
何を聞いたのだと覗き込めば、ディスプレイには“オウエンヒツヨウ”の八文字。
勢いよく隣の顔を見れば、犬歯を零してニヤニヤ笑いを相変わらず零している。
「さて坊ちゃん、何人来るだろうね」
「Jさん……楽しんでません?」
「やだな、俺は殺しちゃった悪魔の代理を呼び出しただけさ。さ、待つ間にもう少し此処を探索しようじゃないか」
冗談めかしてそう嘯く男に、最早マルコスは呆れ果てて何も言わなかった。
やはり、彼は戦うことを心待ちにしているようだ。
自分の感性とは全くの対岸にいる彼ではあるが──、何となくマルコスは興味を抱いた。
何やら巨大な鍋を覗き込んでいるJに、少年は声をかける。
「Jさんは、どうして戦うんですか」
「……は?何でそんなこと聞くのさ?」
「いえ……その、Jさんの戦い方を見てると、なんだか凄く楽しそうだったので…」
鍋から顔を上げた彼は、猜疑心たっぷりの目線をマルコスにお見舞いする。
その目線にやや気圧されるものの、マルコスも退かずに自分の言葉を重ねた。
暫くJは黙っていたが、ぷいっとマルコスから顔を背けると、床に散らばる貴金属を弄びながら渋々と答えだした。
「…自分に向かって来るものがあるってのは、嬉しいことじゃないか。自分は、確かに此処にいて、生きてるって実感出来てさ」
「それが自分を、殺しに来るものであっても、ですか?」
「そうさ。理由は何であれ、俺という存在に価値を見いだして貰えるのなら、それは生きてる証にもなる。俺の場合、たまたま吸血鬼なんかに生まれついたもんだから、おかげでミュステリオンに追われて喧嘩ばっか強くなってしまったわけだけど」
赤と白の背中はそう語り、それ以上言葉を紡ぐことはしなかった。
先ほどから持て余している貴金属を、繋ぎ合わせることに夢中になっているようだ。
そんな様子の彼を見ながら、想像していたのとかけ離れた回答に、マルコスは肩すかしを食らった気分で突っ立っていた。
もっと血なまぐさい感じのものだと思っていたのに、何かを達観したような彼の言葉は、少年が恥いるには十分で、またしても話の続きを自ら綴ることができない。
「……なーんて、カッコつけて言ってみたけど、毎回そんな小難しいこと考えて戦ってないし、実際は坊ちゃんが指摘したみたいに、楽しんでるだけなのかもね」
そうして黙っていると、明るい声音でJが言った。
いつの間にか俯いていた顔をあげると、振り向いた彼と目があった。
にぃっと、犬歯を零して彼は笑うと、マルコスの額にこつんと拳をあてがった。
その行動にマルコスが戸惑っていると、Jがからかうような口調で、
「子どもは難しいこと考えなくていいってことさ」
「…これでも100歳越えてるんですけどね」
思わず言い返したマルコスだったが、不思議と怒りは沸いてこなかった。
彼の言葉に、気遣いが含まれているのが、よく分かったからだ。
たかが軽口ではあるが、マルコスの気持ちを軽くさせるには十分だった。
更に何かをJが重ねて言おうとしたが、規則的なメロディーがそれを遮った。
発信元は、Jが先刻悪魔から拝借した機械だ。
早速Jがメッセージを確認すると、嬉々として少年悪魔に顔を向けた。
それだけで、何となく答えにマルコスは辿り着く。
「何人ですか」
「おっ、鋭いこと聞くねぇ。人数は書いてないけど、すぐ来るってさ」
声まで弾ませてそう答えるJを見ると、やはり楽しんでいるのではないかと、マルコスはほぼ確信に近いものを感じた。