…それまで心地よい暗闇に包まれて、後少し、後少しと惰眠を貪っていたが、急に光が瞼を直撃して、彼は翠玉の瞳を開いた。
「んー…もう朝かぁ」
目を擦りながら、彼の睡眠を妨害した窓を見る。
高い天井に届くほどの窓、それを隠していた暗赤色のカーテンが開いている。
そのカーテンの近くに、金髪を三つ編みにしたメイド姿の少女が立っていた。
彼は目にかかるほど長い銀髪を掻き上げて。
「ああ、アイリーンか…ありがと、起こしてくれて」
にこりと、優しそうな笑顔で彼はアイリーンなる少女に礼を言ったが、返事はなかった。
ただ、微かに笑っているだけだ。
「今日はいい天気だよねぇ…こんな日に、召喚はされたくないねぇ」
彼が部屋に射し込む光にそんな感想を零していると、アイリーンは窓際から離れ入り口まで移動し、退室した。
それから彼は暫くベッドの中にいたが、するりとシーツから抜け出し、温かい陽光が燦々と降り注ぐそこに立った。
外を眺め伸びをしていると、今度はふわふわの栗毛の少女が、銀の盆を持って入って来た。
その上には、爽やかな香りを立ち上らせる白磁のティーセット。
その後に続くように、何通かの手紙を持った、先の少女よりも背の高い娘が。
どちらもアイリーン同様、メイド姿である。
「ご苦労様ーリディー。あ、サヤ、その赤いの…そう、それだけ頂戴。後はそこら辺置いといて」
入って来た少女たちにそう命令して、主人である彼は手紙を開く。
ほんの少し目を通した後、差し出してきたサヤへ。
「お断りのお返事、書いといてくれるかい?僕ぁ、あの人が苦手でねぇ…ああ、リディー?砂糖はそのくらいでいいよ」
折角上品な香りなのに、風味が台無しにされるのはごめんだ。
リディーが角砂糖を機械的な動作で7個ほど入れたところで、それ以上の追加を回避したものに手を伸ばす。
「下がっていいよ」
退室を命じカップに口を付けた時には、二人の少女は背を向けていた。
一口含み、彼は思わず笑った。
「リディー…やっぱり入れすぎてたね」
どうやらかなり甘かったらしいそれを、ソーサーに戻した。
そして、彼は今し方出て行ったばかりの少女たちを思い出す。
少女たちは、皆笑ってはいるものの、誰一人として一言も発さなかった。
何故なら少女たちは、意志がないからだ。
椅子に腰掛け、付属されていたミルクを、円を描くように入れる。
徐々に紅い色は白濁していく。
自分に仕える者に、己の意志など邪魔なだけだ。
意志ある者は自分の要望を聞き入れないし、恐れるばかりで使えない。
知人宅の、あの鏡に住む美女がいい例だ。
折角見つけた、いい素材だったのだが。
ならば、意志を剥奪してしまえば良い。
ただ静かに笑って、自分に忠実に仕え続ける。
それこそが、最良だと思ったのだ。
しかし。
「…あの子は、イレギュラーだよねぇ」
最近、彼は面白い遊びにはまっている。
それは、意志ある少女と遊ぶことだ。
今までのとは全く異なる存在で、大変面白い。
つくづく、手放したのを惜しく思う。
「……ま、僕が遊びに行けば、いいだけだしね」
完全にミルクと混ざりきったそれに、彼は再度口付けた。
程よい口当たりになったのか、それとも違う理由か、美麗な笑みが浮かぶ。
「ああ楽しい、楽しい…」
さながらこの紅茶の味のように、不思議な存在であり、自分を浸食する少女。
「僕はとっても楽しいよ、ユリアちゃん」
紅茶を一気に呷って、ぱちんと指を鳴らした。
それまで着ていた寝間着が、一瞬のうちに白いスーツに変わる。
きゅっと、相反する色のネクタイを締め直して、今度は呼び鈴を鳴らした。
間を置かずして、アイリーンが静かに入って来た。
手には、スーツと同色の帽子。
それを受け取り被ると。
「じゃ、お留守番よろしくね」
機嫌良く外出の意を告げた主に、アイリーンはやはり微かに笑ったまま見送った。